その583

 言うまでもなく、認識がそのようであるから世界がそのように動くのではない。世界は動くように動いている。むろん、我々人類が世界の運動に影響を与えてはいるが、その影響は世界にとって本質的なことではない。世界がいかなる運動にあるか、それは何かがあったり、何かがいたりすることが原因となっているだろうか。具体的な何かがあることで世界がそれ故にそのような運動をしているのではない。何があろうとなかろうと世界が運動するその仕方には関係がないのではないか。世界は何かに依存してあるのではない。何があろうとなかろうとそのように運動する世界の原因は何か。何がどうなっているから世界はあるようにあるのか。あるようにある世界の原因には一定の法則があるように思えてならない。法則とは、たとえば、有限性を示す円を構成する無限の運動を意味しないか。円を描こうとする運動は、それが円を描こうとするといった意味において無限であるが、無限の軌道があっても、そのエネルギーが無限にあるかどうかはまるで定かではない。