その522

 事実かどうか、それは関係がない。考えた過程のすべてが認識内にある。そのすべてが言葉になっているのではない。言葉になっていないことを知らないと言い切れるだろうか。言葉になったことの背後には言葉になっていないことが少なからずあるのではないか。言葉になったことが、その背後にすべて言葉を抱えているだろうか。言葉になったことのすべてが言葉からできているでしょうか。言葉になったことのすべてが言葉からできているわけではない。言葉になったことと言葉になっていないことの両方が、ある言葉を生んでいる。言葉の背後には言葉と言葉ならざるものがある。