その456

 実質的にどうかは分からないが、さまざまな現象をロゴスで捉えたとき、そのロゴス内においては無関係である何かが、ロゴス内現象としてあるのではないか。言語化されたとき、その言語内において、関係しきれないことが言語で表現されたことにおいてあるのではないか。それはあくまでも言語で表現されたことにおいてそうなのであり、実質的にはそうではないかもしれない。

 ロゴス内において無関係であっても、ロゴス外では関係していることがある可能性がロゴスを超えてある。世界はつねにロゴス超越的な実在であり、ロゴスの機能を超えて実在する。

 ロゴスにはその限界があり、その限界を超えて、世界はその広がりにある。言葉に置き換えたとき、そこには紛れもなく限界が発生する。その限界を超えてなお実在するのが世界であり、かつ、その限界にあるのが世界である。世界とはだから、言葉の限界と世界それ自体の限界のあいだに、私たちにおいて語りえぬこととしてある。世界の限界と私たちのロゴスの限界のあいだに語り得ぬことが実質的に確かに実在している。