哲学日記

ラビリンス

その179

 意味だけがある。意味だけがあるのが存在の広がりにおける実質ではないか。意味が姿を変えながらあるのが生きる土台としての存在ではないか。意味が姿を変えるのは私たちの内的な実存でもあり、かつ、私たちとは無関係に意味の変容がある。その意味の変容が私たちに完治されることなく、そのまま失われたとき、その意味は存在にとっては意味があったが、私たちにとってはどうか。その意味がなければ私たちが実在しなかったのか。存在する限りその意味はあった。しかし、あるべきだったかどうかは定かではない。他でもよかったのかもしれない。私が生きるために必要なく、他のことでもよかったことが起こっている可能性はある。存在は存在する限り、そのつながりにあるが、すべてが繋がっているというのではないのではないか。つながりは限られているのではないか。つながっていないが、同一の存在のうちにあることがあるのではないか。つながっていることとは何か。つながっていないこととは何か。