その610

 世界は確かにある。そのすべてはモノなのか。コトも確かにある。この世界にコトはある。しかし、存在するコトをどれだけかき集めても、一個のリンゴすらできあがらない。そんなとき、コトのある意味とは何か。一個のりんごの部分を構成するコトだけが独立してあるその意味とは何か。りんごの部分だけではりんごはできないが、りんごには明確に部分があるその意味とはまず、我々が実在し、りんごから部分を抜き出して認識できることを意味する。ではその認識とは何か。我々の認識そのものは世界そのものではない。確証のない単なる世界観だ。認識はすべからく可能性でしかないのかもしれない。