その591

 ある断定に対して、真逆の事実がある。そういったことは起こる。ある断定はそれ自体としてその時点で完全な無となる。意味を持たない。言葉には意味があるが、それが示すことそれ自体が現実に起こるかどうか。起こらない時、いや、永遠に起こらないとき、その述べられたことは無となる。むろん、永遠を我々は知らないし、永遠に永遠を知ることはない。それ故、言葉が無となるかどうか、それは定かではないが、いや、言葉の意味はつねに限定的ではないか。永遠とまでいかずとも、ある状況下において起こりうるかどうか、そこに言葉の意味があるのかもしれない。そのとき、限定的な状況において、起こるかどうかとなる。ある領域では起こらないのであれば、その領域で意味をなしうるかどうかだ。ある領域では絶対に起こらないのであれば、その領域において起こると断定されたことは、その意味としては起こり得ないのだから無だ。言葉それ自体においてはいかようにも表現可能だ。表現可能で、いかのようにも言葉にすることができる。しかし、そう言葉にしても、そのようなことがそれが含まれる領域では絶対に起こらないのであれば、そうして表現されたことはそうして表現されたが、意味的には無ではないか。