その595

 何かがあって、他の何かと反応するための用意があっても、他の何か、そのすべてと反応し合うのではない。何かと何かの反応は、部分的であり、全的反応はほぼあり得ないのではないか。何かと何かが反応できるのは、相互に何かを抽出し合っているからではないか。何かは複雑だ。それが反応しようとする何かもまた複雑だ。複雑さと複雑さがぶつかりあって反応するとき、単純化がなされる。反応が起こることとは単純化されたことを意味する。相互に反応し合っていない何かがある。水が氷になるとき、水と反応した温度のうちで、水のすべてと温度の全てが反応し合ったのか。結果的に氷になったとき、結果の氷は、もともとあった水のすべてではないのではないか。いくつかの要素が氷になることなく、水のままであるのでもなく、他の何かとして氷の外にあふれていってしまったのではないか。