その109

 物質的であるとは何か。存在はするが物質的ではないこととは、愛や勇気などの観念だと言えるが、愛や勇気が物質的ではないと言い切れるか。誰かを愛している人は愛を物質的な次元で表現しているのではないか。愛されたとき、物質的な愛の恩恵を受けたのではないか。愛という不確かに思えるものでも、愛を受け取ったといった実感があるとき、そこにはまざまざと物質的な愛が実在していると考えてはならないのか。

 りんごのようにさっと目の前に差し出してみせることができないからといって、それが物質的ではないというのは早計にすぎる。この情報空間のなかに愛する人がいること自体、愛の存在の物質レベルでの証拠の証左となるのではないか。

 存在するものはすべて情報空間に閉ざされた実在としてあると考えたとき、情報空間にある何もが物質的であると考えられる。愛なら愛で、その言葉があり、その意味の志向性がある時点ですでに物質的な反応を示していると考えられないか。存在するものはなんであれ、なんらかの志向性を孕んでいるのであり、なんであれ動的である時点で物質的な反応を示したことにならないか。