2026-01-01から1ヶ月間の記事一覧
あるとは何か。物質だけではないのではないか。精神が生み出す意味もまたこの世界の実在となり、かつ、物質にも影響を与える。物質が精神が生む意味に影響を与えることもある。実在するが全く見えずとも、あるものはある。存在すれば、それは非物質的な意味…
世界の全体は認識されない。世界はその全体としてある。世界の全体とは存在する限りの全てを含む。あるかないか。物質ではなくとも、世界の運動に変化を与える何かがある。我々の精神内部で思考されていることが物質として実在せずとも、世界の運動に変化を…
無は永遠との関連にある。無が実在するというのであれば、それは永遠に実在しなければならない。永遠に実在しない無は限定的無だが、それは無だろうか。無とはその純粋性にある。ゼロのことが無であり、ゼロは数の中でも最も純粋なのではないか。1は1であ…
運動を意味することのない何か。それは無を意味する。無は運動をしない。存在しない。存在不能。存在不能の何かとは何でもない。何でもない何かとは永遠の不在のことだ。永遠の不在とは無のことだ。ただとはいえ、この世界では常にあることだけがあって、そ…
解は全て運動を表す。運動のあり方を表す。解は構造化された運動を表す。我々にとって構造として現れる運動の実在が解を実在させている。この世界に秘められた解はなぜそれが解として実在するのかとなれば、それはまずこの世界には、我々が認識可能な姿で構…
思ったことが常に正しいかどうか分からないとき、思ったことについて考える必要がある。考えた結果、その通りだと思えることと、そうではないことがある。しかし、それだって当てにならない。思うことが当てにならないとき、思うことなく生きていくことにな…
思うことのすべてに対して責任があるわけではない。思ったとしても、当人の本意かどうか、それは考えてみないと明らかにならない。思うことと考えること。考えた結果、思ったこと。思ったが、そんなこと思ってもいないこと。思ったことのうちには妄想がある…
意志だけがあるということはない。意志とは常に何かしらに依った心のあり方だ。その何かとは言語に依らないかもしれない。つまり、明白ではないが、何かの意志を持つとき、その外部に幾つかの要因がある。流れのなかを生きていて思うことのすべてにその要因…
私にとってこの世界は連続的限定のうちにある。どこに行こうとそこへ限定された結果だと言えまいか。連続と言えば断片の連なりということになるが、世界は明滅しているとは思わない。途切れることのない一連の流れとしてあると考える。そんなとき、連続的と…
動くものは動かされているのであれば、動いているすべては動かされている。私が動かされているとすれば、何によってか。私は自由に動くことができる。しかし、どこまで自由だろうか。制約はないだろうか。空を飛ぶことはできない。空を飛びたいと思ったとし…
その全体として実在するはずの関係性のうちのいずれかを取り出してなぜそうした関係性があることを認識することができるのか。全てが全てを意味するかそれは定かではないが、ひとまず、全てという言葉が全てを内包したとして、その全てにおいて貫く運動の法…