その287

 意識されるか、されないかで、本来の持っているはずの意味が変わってくる。意識されるか、されないかといった条件付けがある。意識されることで持つことになる意味は、意識せずとも、存在の姿においては、そのような意味を持っていると考えられる。もともとある意味が意識されるか、されないかで、存在というか、社会的な状況に対して影響がある。意識された意味はより現実になるが、本来あるはずの意味が意識されないとき、それはそのような意味を持ったうえで存在への影響を与えているが、その意味について意識しないのだから、いわば、素通りのかたちとなる。気づいたほうがいいことに気づいていない状況となる。意識で条件付けられた自然のあり方についてであれば、配慮されるが、意識で条件付けがなされない自然のあり方は、配慮がなされない可能性にある。

 私たちは自然のもたらす意味について、意識することで、考えていける。ともにあろうとすることができる。しかし、意識しないのであれば、自然とは何かを考えることなく、ひたすらに生産し、消費するようであれば、自然のシステムを破壊してしまう。自然とともに生きることでしか、私たちの生存はない。