その158

 私を認識する精神は、私が実際に下界との関係性の上にある状況をそのまま捉える。捉えた事実内容は外科医との関連にあるが、捉えようとした主体である精神は存在の流れの外部にあるのではないか。存在の流れの外部にある精神はそれでも存在のうちにある。それがあるのならそれは存在のうちにあるが、精神はどこにあるのか。存在のうちにあっても、存在の流れのうちにあるのではないとき、存在はその流れのうちにないことも含むことになるが、それはいかなるできごとなのか。精神それ自体を言葉として考えたとき、時間軸を投影するなら、言葉はその時間の運動と関わりを持つことなく、変動しない。言葉はつねにそこにある。時空超越性が言葉の本質ではないか。時の流れにより変化していく物質とは違い、言葉は時の流れに棹さすのが本質ではないか。であれば、存在ではあるが存在の流れに含まれないのが言葉となるが、言葉以外にも、存在するが、流れのうちに含まれない何かがあるのか。