その154

 理にかなっているとき、それは物事の筋道として正当であるといった意味か。その筋道がしかし、正当か否かについての判断がある。理にかなっていることの理のついて考える必要がある。理そのものとは、言語のあり方それ自体であり、先んじてある法則の範囲内で成立することを理と考える。現状から逸脱したかたちでの理路の存在をもとにして認識を得ることは容易ではない。受け入れられてこその理路であるとき、相応の理路出なければならない感もあるが、理路が正当であるか否かの一点が問われているにもかかわらず、相応性が問われることには異論がないか。相応的であることと、正当的であることには、断絶があると考えてもいいのではないか。