その48

 質感が私たちにとっていかに浮かんでくるか。質感そのものは物質的な次元でいかなる運動の状況にあるのか。物質的な次元での実在であれば、数値化可能の可能性をもつ。私たちが物質から受け取る質感は私たちの機能により生じる結果である。結果とは固定されたものではない。絶えざる変更それ自体のうちに潜む実質を私たちは質感として受け止めているのではないか。物がそこあったとき、もはやそこにその物はない。いかなる物があるのか。私たちは物の運動の状況の把握可能な領域を物から生じる質感として、私たちの目の前に浮かべている。存在のどこに質感があるのか。私たちの眼差しが生んだ物質からくる質感は私たちの内部にあるのではない。私たちの生み出す質感は私たちの外部と接触した結果、生まれている。私たちとものそのものの間に浮かんだ物の質感はどこにあるのか。私たちがそれがあると感じて疑いのないイメージが存在のうちのどこにどのような状況で実在しているのか。私たちは流れのうちにある。流れのうちにある私たちがもつ物質の質感は流れである。流れを止めようとして捉えることで認識される何もがその物それ自体の実質を捉えることはない。質感として浮かび上がることがある。質感は感情に訴えかける。